3つの科に通う、一人の患者
「下肢しびれは腰部脊柱管狭窄症で経過観察。夜間頻尿は泌尿器科へ紹介済み。冷えは、まあ年齢でしょう」――3つ別々の科に通い、それぞれ薬が出て、でも全部が「経過観察」か「対症療法」。
西洋医学としては、それぞれに理由があります。けれど、根本が一つだとしたら。3つの訴えを一つの方向で捉えられるとしたら。それが漢方の「腎虚」という見方です。
腎虚 ― 加齢に伴う基盤の力の衰え
漢方の腎虚(じんきょ)の「腎」は、腎臓という臓器そのものではなく、加齢とともに衰える生命の基盤の力を指します。それが衰えると、冷え・夜間頻尿・下肢のしびれが束になって出ます。
ここで、これまでの原理がつながります。加齢で力が衰えて冷える――第3回の寒。体液の巡りが滞る――第2回の水滞。そこに下肢のしびれ。3つの原理が一つの証に収束するのです。「冬に必ず悪化する」「靴がきつくなる(むくみ)」といった何気ない訴えが、寒と水滞のサインとして読めてきます。
牛車腎気丸 ― 束に対応する一手
この束に対応するのが 牛車腎気丸。腎虚に、水滞、寒を兼ね備えた処方で、附子を含みます。第4回で扱った通り、附子はのぼせ・動悸に注意が要る生薬。だからこそ「証に合って」使うことが大事で、漫然と出す薬ではありません。第1回から積み上げてきた「証を見る目」が、ここで安全を担保します。
腰部脊柱管狭窄症の下肢症状に対して、牛車腎気丸のRCTが報告されています(Hamaguchi 2017)。ただしこれは「証が合った患者」への話で、全例に効くわけではありません。第1回の「同じ病名でも証が違えば効く薬も違う」と、まったく同じ構造です。
あなたが見ている患者に、もう一つの物語がある
証、気血水、虚実・寒熱、安全性。原理編で積み上げたすべてが、一人の患者でつながりました。漢方は結局、目の前の患者をよく見る技術です。先生がすでに持っている観察力を、もう一段、枠組みを変えるだけでいい。
同じ腎虚でも、しびれ・浮腫が目立たなければ八味地黄丸へ――その使い分けは実践編で扱います。まずは 証エクスプローラ で「腎虚+寒+水滞」を作ってみてください。